FC2ブログ

文化的習俗的環境への施設攻撃性

私達と同じような思いで反対運動を展開されている情報です。
ブログを転載させていただきます。

葬儀場=地域の文化的習俗的環境への施設攻撃性
「誰でも一度はお世話になるところだから」・・・葬儀場ビジネスのセールス・トークである。しかし,死んでから「誰でも一度はお世話になる」のは火葬場や墓地も同じである。

その前に,生者たる私たちは 
その前に,生者たる私たちは,人の死について,生物としての本能的な反応をそなえているのである。
 人が生まれ,日常を営み,死んでいく人の社会は,死んだ人の死体の処理に伴う儀礼(葬送儀礼)を制度化したが,葬送儀礼は死体処理とともに死霊に対する儀式とされているものである(東大出版会刊宗教学辞典507頁)。そして葬送儀礼は一般に死者の属する宗教の儀礼体系から規制されるとはいっても,実は民衆生活のレベルでは基層的な習俗慣習等に密着しており,例えば葬送の日取り決定から入棺・出棺・埋葬などの過程で死を忌む事柄のタブーが人(生者)の行為を制約しているものといわれている(同509頁)。
 私たちは好むと好まざるとにかかわらず,このような基層的な習俗慣習等のなかで生きているのである。

「墓地,納骨堂,火葬場,葬儀場」の世界
 「墓地,納骨堂,火葬場,葬儀場」の世界はこのような基層的な習俗慣習等が人々の行為に大きな影響を与える世界であり,葬儀場施設が駅前や商店街,住宅街などに現れてしまえば,死体・死霊に係る基層的な習俗慣習等を介して地域環境に対し文化的習俗的破壊力を及ぼすのである。
それゆえ,京都府の墓地設置基準は,「病院,学校その他公共的施設又は人家若しくは集落に接近した場所でないこと」を求めるのである。この意味で,葬儀場施設は地域環境に対する施設攻撃性をもつ。

葬儀場の施設攻撃性
 葬儀場の施設攻撃性,破壊力により極度の緊張を強いられる地域住民の被害状況が視野に入らない場合,加害者と被害者を転倒させるという致命的な誤りが生じる。この施設攻撃性は,産科医院の隣地への葬儀場進出で隣地関係者が葬儀場誘致を示唆して同医院に土地買い取りを求めた例のように恐喝的な悪用も可能である(実際にそのようなことがあったそうです)。
 また,住居から死体の出し入れや葬儀の模様が見える,生鮮食品の小売店に葬儀の香臭が流れてくる,発育期の子どもらへの悪影響等,生活や営業に回復困難な大きな打撃が生じることは言をまたない。 葬儀場反対の住民運動が地域ぐるみのものとなるのはこのゆえである。

葬儀場施設の公衆衛生は? 
また,看過されがちなのが葬儀場施設の公衆衛生上の問題である。病院や事故現場などから死体は葬儀場施設に直送される。その葬儀場施設には何の公衆衛生上の規制もないのである。自宅での葬儀であれば近親者は死者の感染症なども知っているのが普通である。しかし,病院は葬儀場業者には患者の疾患名を述べない。最近の終末期医療を想像すれば分かるように死体は穴だらけである。しかし,病院のドアの中と外とでは公衆衛生上の規制はまったく異なる。そして,例えばわが国の習俗には湯灌といって死体を湯であらうことが行われており,これも葬儀場で行われる。
スポンサーサイト
プロフィール

葬儀場建設に反対する住民の会

Author:葬儀場建設に反対する住民の会
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR